おじょこな800字小説  第3回「短冊に願いを」 作・塚田浩司

おじょこな800字小説  第3回

「短冊に願いを」

作・塚田浩司

 デパートに買い物に行くと、入り口に七夕が飾ってあった。近くに短冊が置いてあり、ご自由にお書きくださいとのこと。
 夫と息子はさっそく短冊を書き始めた。
 五歳の息子は覚えたてのひらがなで、「あんぱんまんになりたい」と可愛い願い事を書き、私は夫と目を合わせ、互いに微笑み合った。


 自分はどうしようか。この十年すっと同じ願いを書き続けているが、願いが叶ったことは一度もない。悩みながら、私は夫の短冊をチラッと覗いた。
夫は短冊にこうしたためた。
 「これからもすっと笑顔の絶えない家庭でありますように」
いつでも優しい夫らしい願いだ。思わず目頭が熱くなる。たしかに、これ以上の願い事はないのかもしれない。 

夫は、仕事が忙しいのに、家事や子育てをよく手伝ってくれる良吉夫だ。息子はこの間まで、赤ちゃんだと思っていたのに、もう五歳になる。


 どんどんできることも増えていく。我が子の成長を見るのは母として何よりも幸せなことだ。
 「パパ、ママ。早くオモチャ買いに行こうよ」
 息子が私のシャツの裾を引っ張った。
 「わかった。ママも今から短冊書くから待っていてね」そう言って私はペンを握った。

すると、 「ねえ、おばさん誰と喋っているの?」
 近くで小さな女の子の声が聞こえた。その声がこちらに向けられているのを感じつつ、聞こえないフリをして、ペンをスラスラツと走らせた。結局、今年もいつもと同じ願いを短冊に綴った。


 ペンを置くと、息子と夫の姿が跡形もなく消えた。短冊を書き終えると、二人が消えるのもここ十年すっと同じ。今年の息子も可愛らしかったし、夫も素敵な男性だった。

 ため息をつきながら、辺りを見渡すと、さっきの小さな女の子は母親に手を引っ張られて遠くに行ってしまった。


私は笹に短冊を括り付けながら、小さな声で 願いを読みあげた。
「今年こそ結婚相手が見つかりますように」