おじょこな800字小説  第十七回「恭子ちゃん」 作・塚田浩司

おじょこな800字小説

 第十七回「恭子ちゃん」

作・塚田浩司

 風がひんやりしてくると、かならず恭子ちゃんのことを思い出す。

 あれは、小学校高学年のことだったと思う。私は恭子ちゃんと二人で近所のお祭りに行った。恭子ちゃんは水色に向日葵の柄が入った浴衣を着ていて、それがとっても可愛らしかった。

 二人でにぎやかな人混みの中、たこ焼きやかき氷を食べる。金魚すくいや射的に白熱し、煌びやかなお神輿に目が釘付けになった。ひゅーと音が聞こえると、二人で空を見上げ、色鮮やかな花火に見入った。花火の光に照らされた恭子ちゃんの表情は花火よりもキラキラしていて、見ているだけで幸せな気持ちになった。

 お祭りには楽しいことのすべてが詰まっている。このまま時が止まればいいのに。そんなことを思っていると、恭子ちゃんが口を開いた。

「大人になるとさ、嫌なこととか苦しいこともしなきゃいけないんだよね」

 打ち上げ花火や笛に太鼓など、たくさんの音の中でも恭子ちゃんの声はしっかりと聞こえた。恭子ちゃんはどこか悲しげだった。それにどうしてそんなことを言うのか私には意味がわからなかった。さらに恭子ちゃんは続けた。



洋画家・山田寿章

「私はさあ、つらいことなんてしたくないな。ずっと楽しいことをしていたい。今みたいにずっとずっと」

 恭子ちゃんは笑顔を作り、「私はもう少しここにいるけど、あなたはどうする?」と私に尋ねた。

「恭子ちゃん、私はもう帰るよ」

 こんなにも楽しいのに何故だか帰らなければいけない気がした。

「わかった」と恭子ちゃんは寂しそうに微笑み、私に背を向けた。

「じゃあね」と声を掛けたのだけど恭子ちゃんから返事はなかった。恭子ちゃんは歩みを始め、やがて水色の浴衣は人波に消えていった。

 それ以来、恭子ちゃんとは一度も会っていない。そもそも恭子ちゃんなんて人が本当にいたのかもわからない。だけど、毎年、夏が終わると、かならずあの日のことを思い出す。

 多分、あの時に私はちょっとだけ大人になったのだと思う。


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