第三回 葛尾城(坂城)千曲市・坂城町 『山城』散歩

第三回 葛尾城(坂城)千曲市・坂城町 『山城』散歩

千曲市と坂城町の境にある葛尾山頂に築かれた山城。戦国時代に東北信地方で最大の勢力を誇った村上義清の居城であった。更埴地方最大の山城で1979年、県の史跡に指定された。標高805m、稜線に険しい堀切が連続し、凄まじい戦国の世を彷彿とさせる。

 1543年から始まった武田信玄による信濃侵略において最大の壁となった武将が村上義清であった。1548年、上田原の戦いでは、地の利を知り尽くした義清が勝利し、信玄は生涯初めての敗北を喫する。1550年、再び信玄は村上義清に合戦を挑んだ。義清が高井郡の髙梨政頼と対陣している隙に、信玄は5000の兵力で村上の支城である砥石城(上田市)を取り囲んだ。信玄の大軍が砥石城に押し寄せた知らせを受けた義清は、すぐさま葛尾城にとって返し、救援の兵を編成。村上義清の本体が突撃し、砥石城の城兵と挟撃、武田軍は総崩れとなり大敗北となった。これが有名な「武田の砥石崩れ」だ。

 二度に渡って武田軍を撃退した村上氏であったが、武田軍はあきらめず、1553年、今度は葛尾城の背後から攻めるために、西に兵を進めた。猿ケ馬場峠を越えた千曲川左岸の塩崎氏、右岸の屋代氏らを調略、重臣に寝返られ南北に挟まれた村上氏は葛尾城に火をつけて放棄し、上杉謙信に救援を求め越後に逃れた。すぐに上杉謙信の援軍5000が駆け付け、八幡で武田軍を破り、葛尾城を奪い返す。これが第1回の川中島の戦いである。その後も村上氏は塩田城(上田市)で再起を図るが失敗し、結局この地に戻ることはできなかった。

 坂城町の坂城神社からと千曲市の磯部から登る2つのコースがある。どちらのコースも1時間から1時間半かかる。険しい山道を登った主郭からの眺望は抜群だ。東屋が整備され、植樹されたサクラが咲く。千曲市民・坂城町民に語り継がれ、親しまれている山城である。

<参考文献>「信濃の古城~城跡と古戦場を歩く~」湯本軍一監修、郷土出版社、2007年

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