フォト&エッセイ 自転車のある風景 第二十九回 オーストラリア横断自転車旅行⑱  ナラボー平原とリチャード

フォト&エッセイ 自転車のある風景

第二十九回 オーストラリア横断自転車旅行⑱

 ナラボー平原とリチャード

 旅に出る前、友人達といっしょに、高校の数学教師のリチャードの家に下宿していた。彼自身オートバイでナラボー平原を横断した事があり、その時の経験を元にいろいろなアドバイスをくれるのだが、近未来のオーストラリアが舞台の映画「マッドマックス」のモデルになったのは自分だと豪語したり、下宿代を払っているのに”お前はトレーニングのために外でテント張って寝ろ!”と言って部屋で寝かせて貰えなかったりと、なかなか変わった人物だった。

 そんなリチャードだったので、彼がナラボーを走った時の体験談も、どこまでが本当なのか判らないちょっと眉唾なものが多かった。彼いわく、ナラボーは海から吹く海陸風が強く、もともと高い木のないナラボーだが、わずかに生えている低木も、真っ直ぐに生えることが出来ずに、全て内陸に向かって斜めに生えているというのだ。その強い風のせいでオートバイも直立して走ることが出来ず、常に内陸側に傾いて走っているので、タイヤは片側だけ斜めに減ってしまうという。それじゃあバランス悪くて大変ですねと言うと、彼は笑いながら、帰りは反対側が減るから問題ないと言うのだった。

 出発前にリチャードからそんな話を聞いていたので、オートバイよりも軽い自転車ならばさぞ大変だろうと、ナラボーを走る前は、自転車を斜めに傾けて走る覚悟をしていた。自分はシドニーまでの片道で、往復ではないので、タイヤの片側だけ斜めに減るものと思っていたが、実際はその心配は杞憂に終わり、傾いて走っているオートバイを見かけることも一度も無かった。彼の話の中で唯一自分で確認出来たのは、みんな一様に内陸に向かって傾いている低木たち。視界に入る全ての木々が同じ方向に傾いている風景を見ていると、オートバイを傾けて走っているリチャードがいるような、そんな気がしたのだった。