文化財探訪シリーズ 冠着山のお祭りとヒメボタル

 美しいドーム形で山腹にボコ抱き岩のある冠着山。名前の由来は天岩戸伝説に出てくる天之手力男命(アマノタジカラオウノミコト)が天岩戸を戸隠へ運ぶ途中、山容の美しさに惹かれ、この山で一休みした後、冠を直したと伝えられている。また、古くから月の名所として詩歌にも歌われ、棄老伝説の姨捨山の名でも有名であった。近年山頂に生息する陸棲のヒメボタルでも有名になり、信州千曲観光局によるヒメボタル観察ツアーが行われている。

 この冠着山の頂には約270年前に建立されたという冠着神社があり、毎年7月28日に地元の総代等により祭禮が行われている。祭神は月讀命(ツキヨミノミコト)である。「月を読む」とは月齢を読み、稲作に欠かせぬ暦を作ることで農業には欠くことの出来ぬ神様である。善光寺平と松本平の分水嶺の山であることから水源の神様でもあり、7月のこの時期の祭禮は雨乞いでも有ったのだろう。祭禮の前日には地元の祭典取締5名が登頂し、翌日の神事に備え、神社やその周辺を清掃し、山頂のお社にて一晩「お籠り」をする。翌朝、祭禮を行う武水別神社の宮司と総代8名が、冠着山南面坊城平登山口の鳥居をくぐり登頂開始。約一時間で山頂に到着する。山頂の神殿には、米、塩、鱒、野菜、果物、菓子等が供えられ、神事が執り行われる。

 神事の後は神前に供えた供物を参加者全員で食べる。ここ数年はコロナ禍のため、山頂での「お籠り」と下山後の直会は中止している。冠着山頂のヒメボタルについてはつぎのような逸話が残っている。或る年の冠着神社例大祭前夜、お籠りをしていた人が夜中に目覚め、お社の周囲に沢山の蛍が光っているのを見かけた。下山してから仲間にその話をしたが「どうせ飲み過ぎて寝ぼけていたんだろう」と誰も信じてくれなかった。そこでその蛍を捕らえ 明徳寺の住職の塚原弘昭氏(現・信州大学名誉教授・地質学)の元へ相談に行った。塚原氏は専門外なので 同僚の藤山静雄教授の所へ持ち込んだ結果、大変希少な陸棲のヒメボタルであることが判明した、というものである。

 神話由来の名の山のお祭りと希少なヒメボタルの発見が結びついた興味深い話である。

更級方面から冠着山を望む