おじょこな800字小説 作・塚田浩司  第三十二回「五人囃子」

おじょこな800字小説 作・塚田浩司  第三十二回「五人囃子」

 山城さんが辞めた。山城さんはうちの工場に親父の代から務めていて、人柄、知識、技術とどれもとってもなくてはならない人だった。しかしもう七十過ぎ。年には勝てないと言われてしまった。

 俺はため息をつきながら帰宅した。リビングに行くと、ひな人形が目に入った。そういえば昨日一歳の娘のために物置からひな人形を出したのだった。

「ねえ、あなた。五人囃子が一人足りないのよ」

 妻はおかえりを言うでもなくそう言った。

 見てみると、たしかに四人しかいない。

「まあ、いいんじゃないか。一人いなくたって」

 俺は投げやりに言った。今は山城さんの穴をどう埋めるかで頭はいっぱいでそれどころではない。

「そんなこと言わないで少しは探してよ」

 妻の声が耳に障った。

「俺は疲れているんだよ。それに五人囃子がなんだよ。ただ笛吹いて太鼓を叩いているだけじゃないか」

 山城さんがいなくなることに比べれば五人囃子の一人や二人なんだというのだ。

「そんな罰当たりなこと言って。五人囃子だってちゃんと働いてるんだよ」と妻はおかんむりな様子でキッチンに消えてしまった。

 翌日、俺は求人届けを出すためにハローワークに足を運んだ。もちろん山城さんの代わりなんて見つかるはずがない。しかし、少しでも人手不足を解消しなければ工場が回らない。

 俺は事業所用のカウンターに向かおうとした。すると、求職者のコーナーに変わった五人組がいた。五人とも艶やかな着物を着て、頭には烏帽子が乗っている。

 なんだ、今日はハロウィンか? しかもこんなところで。俺は首を捻りながら歩き始めた。するとスマホが振動した。妻からだった。

『あなた、大変』と妻が慌てた声を出した。

『どうしたんだ?』

『五人囃子が全員いなくなっちゃったの』

 そんなバカな。一体どうして。俺はなんとなしに視線を移すと、着物姿の五人組が目に入ってきた。うちのひな壇に飾られていた五人囃子にそっくりだった。