おじょこな800字小説 作・塚田浩司  第三十四回「指紋」

おじょこな800字小説

作・塚田浩司

 第三十四回「指紋」

 いつからだったか、買い物をする際の現金決済がほぼなくなり、国民の大半はクレジットカードか、電子マネーを利用するようになった。しかしここ数年、さらにその上をいく指紋決済のシェアが拡大されている。指紋の中にすべてのデーターが蓄積されているので、財布どころかスマホを持たなくても、手をかざせば会計ができるのだ。

 この画期的な発明をしたのは、何を隠そうこの俺だ。この発明のおかげで巨万の富を得た。

 幼いころ、家が貧しくて欲しいものを手に入れたことがなかった。ドラクエが流行ってもファミコンすら買ってもらえなかったし、エアマックスが流行ってもノーブランドの靴しか買ってもらえなかった。しかし、今ならどんな物でも手に入れることができる。これも指紋決済のおかげだ。俺はこの生活に満足していた。

 この日も俺は高級腕時計を指紋決済で購入した。さっそく腕にはめご機嫌で歩いていた。すると、突然腕をつかまれ細い路地へと連れていかれてしまった。

「金を出せ」

 どうやら強盗のようだった。強盗は人相が悪く、手にはナイフが光っていた。恐怖で体がブルブルと震えた。

 しかし、金を出せと言われても指紋決済になってから財布など持ち歩いていない。

「金はない」と俺は恐る恐る答えた。

 すると。強盗は俺の腕を指差し、「だったらそれを寄こせ」と凄んだ。

 時計か。買ったばかりだが仕方がない。腕時計を外そうと手を伸ばした。すると、強盗は俺の腕を掴み、手首にナイフを突きつけた。

       ※

「ニュースです。またもや手首が切り落とされるという凄惨な事件が起きてしまいました。加賀さんどう思われますか?」

 キャスターはコメンテーターに話を振った。

「むごい事件です。これらのことを指紋狩りというんですよね。古くは、おやじ狩りや、エアマックス狩り、ドラクエ狩りでしたが、手首を切り落とす指紋狩りとはあまりにも酷い。これも指紋決済が広まったことの弊害なのでしょうね」