ひなた短編文学賞 参考作品 主人のカーテン

 ひなた短編文学賞 参考作品

主人のカーテン

娘夫婦と暮らすようになって一ヶ月経った。それまでは主人が建てた古い家に一人で暮らしていたけど、一人で暮らす私のことが心配だと、娘夫婦の新居に住まわせてもらうようになった。 部屋は綺麗だし、可愛い孫と賑やかに暮らさせてもらっている。今の私は本当に幸せ者だ。ピンクのカーテンの隙間から差し込まれる光を見てそう思った。

 でも、どこか寂しい。特にカーテンを見ると昔を思い出してしまう。それは主人と暮らした家のことだ。前の家は主人が三十歳のときにローンを組んで建てた。思い切った決断だったから勇気も必要だったけど、新しい家に足を踏み入れた時の高揚感が忘れられない。

 家は主婦のものだからと主人が言うので、間取りや壁紙の色、家具の一式を私が全て決めた。ただ、それでも主人が建てる家なのに全て自分で決めるのはさすがに申し訳なくて、カーテンだけは主人に決めてもらった。 頼られたのが嬉しかったのか、主人はカーテン屋さんで何時間もかけて選んでいた。あの真剣な姿を思い出すと今でも笑ってしまう。

 四十年あの家で暮らしたけど、あの日がきっかけになり、カーテンを買い替える担当は主人になった。 今の家のカーテンはピンク色。「明るい色を見て元気を出して」と娘が選んでくれた。

 たしかに可愛らしいけど主人だったら絶対に選ばない色だ。主人はモノトーンが好きで、最後のカーテンも無地のグレーだった。 そういえばあのカーテンはどこへ行ってしまったのだろう。

 ピンクのカーテンを見ながら寂しい気持ちが胸をついた。ダメだ。せっかく娘夫婦が用意してくれた家に不満なんてもったらバチが当たる。私はブルブルと首を横に振った。

「お母さん、お昼できたよ」

 娘が部屋の向こうから声をかけてきた。「今行く」と私は返事をした。

 ゆっくりと立ち上がり、私はダイニングに向かった。 孫と娘婿は学校や会社 にいるから、平日のお昼ごはんは娘と二人だけで食べる。大勢で食べる賑やかな食事もいいけど、これはこれで静かで落ち着く。

 私はいつもの席に腰をおろした。 すると、お尻の感触がいつもと違うことに気づいた。触ってみると椅子の上に座布団が敷かれていた。

「座布団敷いたんだね」

 私はキッチンに立つ娘に声をかけた。すると娘はニヤニヤしながら私を見た。 「お母さん、その座布団よく見て」

 私は立ち上がり、座布団を見た。グレーの座布団。 どこかで見たような。あっ!「それね、前の家で使っていたカーテン。お父さんが選んだんでしょ? これだけは捨てられないと思ってさ」

 私は震える手で座布団を持ち上げた。すると、嬉しそうにカーテンを選ぶ主人の顔が思い出され、目頭が熱くなった。

「で、でも。お父さんがせっかく選んでくれたカーテンをお尻に敷くなんて、なんだか悪いわ」

 私は照れ隠しに言った。すると、娘は笑いながら言った。

「何、従順な妻みたいなこと言ってるの。いつも尻に敷いていたくせに」

作・塚田浩司