おじょこな800字小説 作・塚田浩司 第二十七回「赤ちゃん返り」

おじょこな800字小説 

第二十七回「赤ちゃん返り」

作・塚田浩司   

 両親が「たっくーん」と猫撫で声をだしながら俺を嬉しそうに覗き込んでいる。いつもは呼び捨てなのに変だな。しかも、おかしいのはそれだけじゃない。両親が明らかに若返っているのだ。白髪頭だった二人の髪は黒々とし、顔に皺ひとつない。これはどういうことだ。混乱しながら俺は起きあがろうとした。それなのに体が動かない。今度は声を出そうとしたが、あーとかうーとしか発声できない。

 困っていると父がデレデレした顔で「たっくんは泣かない偉い子ですね」とガラガラを振りながら言った。

 なんだよそれ。三十過ぎの男にすることか。これではまるで赤ん坊相手じゃないか。うん 赤ん坊。もしかして……。俺は掌を見てみた。紅葉みたいに赤くて小さな掌を見て悟った。俺は赤ちゃん返りしている。

 そこから俺は両親にされるがままだった。おむつを替えられたり、父に風呂に入れられて溺れそうになったり、母の乳を無理矢理飲まされたりした。

 赤ちゃんになってから一週間が経った。その間、俺はひたすら両親を観察した。俺の知っている両親はすっかり会話のない夫婦になっていたが、目の前の二人は新婚だけあって仲が良い。目の前でいちゃつく両親を見るのは気恥ずかしいが、同時に微笑ましくもあった。

 しかし、両親観察もすぐに飽きた。そもそも赤ちゃん生活の退屈さに嫌気がさした。なにせ赤ちゃんは自分から行動を起こせない。ゲームもできないし、ビールも飲めないし、焼き鳥も食べられない。

「それにしても、たっくん泣かないね」

 母が少し心配そうに俺を見た。

 そういえば俺はこの一週間泣いていない。泣く理由がなかったからだ。

「大丈夫だろう、元気そうだし」そう言いながら父は俺の頭を撫で、「早く大きくなれよ」とほほ笑んだ。

 大きくなれか。俺はあとどのくらいで自分の意思で動けるようになるのだろう。いつ、またゲームをできるようになるのだろう。ビールが飲めるのだろう。小さな掌を見て絶望的な気持ちになった俺は、赤ちゃん返りしてから初めて声を上げて泣いた。