おじょこな800字小説 作・塚田浩司 第三十回「自信」
俺は若者世代のリーダーと呼ばれている。大学卒業後すぐにIT会社を設立し、業績も好調。その実績から、全国各地から講演に招かれるまでになった。講演では「自信を持つこと」この言葉を勧めている。自信さえつけば道は開ける。何のひねりもないが、このポジティブ思考法が何故か受けているのだ。
講演後は個別で相談にのっている。相談者はみな自分を変えたいと思って参加してきてはいる。そんな受講者に俺は親身になってアドバイスしている。しかし、自分の講演なのにこう言っては何だが、こういう所に来ている時点ですでに負け組で、負のスパイラルに陥っているのだと思わずにはいられない。
はっきり言って自分は恵まれている。裕福な家庭に生まれ、父は大学教授で母は陸上でインターハイも経験している。そのDNAのおかげで幼いころから文武両道と言われてきたし、私立の有名大学にも進学した。そこで人脈を築き、今のビジネスにも活きている。受講に来ている人たちよりも、様々な面で恵まれていることは明らかだ。
講演終了後、一人の男が相談にやってきた。山下と名乗るその男は俺と同い年だった。
山下は一言目に「僕、自信がないんです」と言った。その言葉通り、声が小さく弱弱しい。明るさとは無縁のような男だった。それに、話すときもずっと俯いている。そんな山下が言う。
「周りと比べて自分はダメな人間だと思うんです。そんな時、佐々木さんを知りました。同い年なのに堂々とされていて凄いなと思いました」
なるほど。よくあるタイプの相談者だ。俺は山下の緊張を解そうと世間話から始めた。
「私はサッカーが趣味なんですけど、山下さんはお好きなスポーツは何ですか?」
「僕もサッカー好きです。サッカー部でした」
それは奇遇だ。もし、もう少しサッカーの話が続いたら、高校時代に県選抜に選ばれたことを話そう。
「実は、僕が自信を持てなくなった最初のキッカケがサッカーなんです」と山下が言った。
きっと努力したのに万年ベンチだったのだろうな。顔を見ればわかる。これは県選抜に選ばれた話はしない方がいいな。そんなことを思っていると、山下が続けた。
「実は僕、高校の時、ユースの日本代表に選ばれました」
「えっ?」驚いた。どう見てもそこまでの人物には見えなかったからだ。
「でも、そこで後々、海外で活躍する凄い選手を間近でみたら、とても自分には続けられないと思いました」
そうなのか。一流の中に入ったからこその劣等感があるのだな。
「サッカーを諦めて、そこから猛勉強して大学に合格しました。そこでまた自信を失いました」
「ちなみに山下さんはどちらの大学ですか?」
「東京大学です」
また驚かされた。
「そこで、親友が出来たんですが、その親友が凄いんです。彼は卒業後に官僚になったのに、数年後あっさりその職を捨て、アメリカで起業しました。後藤田という男なのですがご存じですか?」
えっ、後藤田。ご存じもなにも今や世界の後藤田とまで呼ばれる経営者で、会ったことはないが、俺も大尊敬している人物だ。
「ゴッチンから、あっ後藤田から副社長にと誘われたんです。でも、僕には彼の様な大きな志があるわけではないので、そんな大役を引き受ける自信がないって断ったんです」
「はぁ」俺は溜息にも似た相槌をうった。
「佐々木さん」山下がすがる様な目で俺を見た。
「佐々木さん。佐々木さんはどうしてその程度の経歴で自信がもてるんですか?」