おじょこな800字小説 第四十九回「おばあちゃんのカレーライス」

おじょこな800字小説 第四十九回「おばあちゃんのカレーライス」

 インフルエンザで寝込んで三日が過ぎた。こんなに長く寝込むのはいつ以来だろう。家族にうつさないよう自室にこもり、天井を見ながら考えていると、十年前に亡くなった祖母の顔が浮かび、小学生の頃を思い出した。

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 どんな風邪をひいたかは覚えていないが、小学生だった僕は学校を休み、家で寝込んでいた。そのとき看病してくれたのが祖母だった。学校を休んで二日目だったと思う。おかゆにも飽き、さらに調子を取り戻しつつあった僕は「おかゆ以外の物を食べたい」と祖母にねだった。

 僕はおばあちゃん子だったから、祖母の手料理もよく食べていた。薄焼きや、おやきなど、子供がときめくような料理でなかったが、それでも素朴な美味しさが僕は好きだった。そんな祖母が一時間後に運んできたのは意外にもカレーライスだった。お皿の中身を見るとじゃが芋がやけに存在感を放っていた。ちなみにカレーは大好物で、具ではじゃが芋が一番好きだった。

 僕はワクワクしながらカレーを口に運んだ。その瞬間、妙な違和感を覚えた。じゃが芋が甘い。しかも何故かシャキシャキしている。じゃが芋のほっくりとした触感とはまったく違う。正直まずい。

「ねえ、おばあちゃん、このじゃが芋なんか変だよ」

「ああ、それはね、じゃが芋じゃなくてりんご。テレビでカレーにりんごを入れると美味しいって言ってたから」

 祖母は自信満々に答えた。

「おばあちゃん、りんごはすりおろして入れるんだ。こんなの食べられないよ」

 すりおろすことはカレールウのCMで知っていた。その知識をもとに、厳しく指摘すると、祖母は「そうだったんだ。ごめんね」と少し悲しそうな顔で台所に戻っていった。

 こんなの食べられないと拒絶したカレーだったけど、祖母の悲しそうな顔に罪悪感を覚えた僕は、結局すべてたいらげた。りんごだと思って食べればそれほどまずくはなかった。少しすると、祖母が今度はりんごを剥いて運んできてくれた。

「あれ、全部食べたんだね」と嬉しそうに言いながら、りんごを僕の近くに置く。僕はさっそく楊枝に刺さったりんごを口に入れた。すると口の中に違和感が広がった。

「ん、これなんか臭いよ」

「あっ、玉ねぎを切ったまな板で切ったからだ。ごめんごめん。またやっちゃった」

 祖母ははじけるように笑った。その笑顔を見て、怒っていたはずの僕も思わず笑ってしまった。

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 祖母の笑顔を思い出していると、なんだか泣きたくなった。

 祖母の作ってくれたカレーは決して美味しくはなかった。だけど、家族から隔離され、一人きりの部屋で寝込んでいると、無性に祖母のカレーが食べたくなった。いや、祖母に会いたくなった。

著者紹介

塚田浩司/柏屋当主。屋代出身。