おじょこな800字小説 第四十六回「withゾンビ」
「ミカ、薬はちゃんと飲んだか?」
俺はソファーに座っている妻のミカに確認をした。
「うん。飲んだ」
少し間を置いてミカが答えた。昔と比べてだいぶ反応が遅くなった。この感じだと、あと数年すれば意思の疎通も難しくなるだろう。
2xxx年世界はゾンビに襲われた。最初は一頭だったゾンビが人々を襲い、そのゾンビに噛まれた人間が次々とゾンビと化した。
ゾンビが発生した当初、ゾンビとの接触を避けるために、政府はステイホームを要請した。だが、政府から声明があろうとなかろうと、ゾンビを恐れるあまり、外出する者はほとんどいなかっただろう。当然、経済への打撃はコロナ禍を優に上回り、いつしかこの現象はゾンビ禍と呼ばれるようになった。
しかし、ゾンビ禍と呼ばれるようになって十年も経つと、この異常な日常を受け入れ、ゾンビと共存しながら社会生活をすることが当たり前となっていた。それをwithゾンビという。
ゾンビ対策の一環として、ついに日本でも銃規制がなくなり、誰でも銃を所持するようになった。今この世界でもっとも売れるのは銃と薬だとも言われている。
例の薬というのはゾンビ化の進行を遅らせる薬だ。ゾンビに噛まれると腐敗が始まり、やがて意識を奪われる。これがゾンビ化だ。個人差はあるが通常だと六時間以内には完全なゾンビになってしまう。しかし、噛まれてすぐに薬を飲めば進行を遅らせることができる。あくまで遅らせるだけだが、それでもいい。少しでも人間のままでいたいのは誰も同じことだ。
ミカは三年前、スーパーからの買い物帰りにゾンビに噛まれた。幸いすぐに薬を服用したことで、なんとか進行を遅らせている。
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この薬は服用を続けないと、すぐにゾンビ化が始まってしまう。だからミカが薬を飲んだか確認するのは、夫としての俺の役目なのだ。ただ、ミカの濁った黄色い目を見ると、そろそろかなと思う。
さて、今日の夕飯はどうしようか。俺は冷蔵庫を開けた。その瞬間、ひどい頭痛が俺を襲った。あまりの痛みに膝から崩れ落ちてしまった。
痛みが引くと、だんだんと意識が遠のきはじめた。参ったな。まさかこんな急激に症状が現れるなんて。
俺がゾンビに噛まれたのは半年前のことだ。時期からみて、少なくとも妻を看取ることはできるかと思ったが、どうやらそれも無理そうだ。あんな状態のミカを置いていくことは心残りだが、もうどうしようもない。
さよならミカ。俺はポケットから銃を取り出し、自分の眉間に撃ち込んだ。
著者紹介
塚田浩司/柏屋当主。屋代出身。