おじょこな800字小説 第二十四回
「さよなら我が家」
作・塚田浩司
住み慣れた我が家を離れるのは寂しい。わたしは家の中を歩き回りながら、家の隅々まで目に焼き付けようとした。
居間の柱には無数の線が刻まれている。これはわたしや兄が小学生の時、身長を測るためにつけた傷だ。こんなに小さかったのか、今では信じられない。
それにしても家具を運び出した家の中は、だだっ広くて、他所の家に見える。それがなんだか切ない。
「おい、どうしたヒヨリ。母さんも悠馬もみんな外で待ってるぞ」父が声をかけてきた。
「あっ、ごめん。なんだか最後だと思うと名残惜しくて」

「なんだ。そんなことか。いいじゃないか、今よりもずっときれいな家に住めるんだから。それよりみんな待っているんだから早くしろ」
そう言うと、父は玄関の方へ歩いて行ってしまった。父の背中を見ながら本当は寂しいくせにと思った。
玄関で靴を履くと、わたしは振り返り、しーんとした家を見た。古くてもまだ住めそうなのに、もったいないな。でも、もうここには住めない。寂しいけど、お別れしなければならないんだ
「さよなら我が家」私は心の中で呟いた。
※
新居に向かう機内でも、わたしは住み馴れた家や町を思い出し感傷的になっていた。
まさか自分が生まれ育った地を離れることになるなんて思いもしなかった。一生そこに居続けるものとばかり思っていた。いくら家族一緒とはいえ、慣れない地でうまくやれるのか、不安でもあった。でも仕方がないんだ。これが家族みんなのためなのだから。
わたしは窓を覗き込んだ。
「青いなあ」思わず声が漏れた。私の目には綺麗に映るけど、実際は違うらしい。
あっ、あの辺りが、私たちの家かな。たしかではないけど、そんな気がした。もう二度と戻ることはない。そう思うと、遠ざかっていく我が家から目が離せなくなった。
そして、わたしは窓におでこを当ててつぶやいた。
「さよなら我が家、さよなら地球」