おじょこな800字小説 第十四回「雨アレルギー」作・塚田浩司


 おじょこな800字小説

第十四回「雨アレルギー」

作・塚田浩司

六月の雨が降りしきる中、僕はお弁当と結婚情報誌を買い、婚約者である優衣のアパートに向かった。そこで夕食を食べながら披露宴の会場選びをする予定だ。
 彼女のアパートの前に着くと、僕は服や、弁当のビニール袋についた水滴を念入りにタオルで拭いた。優衣と会うときは、雨という雨は完全に取り除かなければならない。なぜなら優衣は雨アレルギーだからだ。
 家に上がると、優衣は笑顔で歓迎してくれた。優衣に会うと、この笑顔を曇らせてはならないと強く思う。雨アレルギーの優衣は雨が少しでも肌に触れると、激しい発作と、湿疹が出てしまう。一度だけ、症状に苦しむ優衣を目の当たりにしたことがあるが、それは悲惨なものだった。
 僕らはダイニングで、弁当を食べながら、結婚情報誌を広げた。披露宴会場を選ぶのは心が弾むが、ふと優衣を見ると、表情が暗い。


理由はおそらく窓の外から聞こえる雨音だろう。優衣にとっては音を聞くだけでも辛いらしい。
  「雨アレルギーの私となんか結婚したらあなたが大変な思いをする」前に優衣はそう言って、僕の前から去ろうとした。その時は必死になだめたが、彼女が僕に対して後ろめたさを抱えていることはたしかだった。でも、そんなことを気にしてほしくない。人間誰にだって、大なり小なり体質や境遇などで悩みを抱えているものだ。それを補い合うのが夫婦というものだと思う。僕は愛おしくなって雑誌をめくる優衣を見つめた。すると、突然優衣の顔に発疹があらわれ、しだいに呼吸も荒くなった。僕は慌てふためいた。
 「大丈夫」と彼女は言い、薬を飲むと症状はすぐに落ち着いた。安心したが腑に落ちない。
 「多分、お弁当だと思う」と彼女は言った。
 僕は慌てて弁当の成分表を見た。雨だけではなく、食べ物のアレルギーもあるのだろうか。
「私、蛤のしぐれ煮もダメなの。字を思い浮かべただけで、体が反応しかやって」
 僕は蛤の時雨(しぐれ)煮(に)を箸でつまみ、愕然とした。