ちくま800字文学賞 受賞作 発表 佳作受賞作
「縁合い」
なぎさ奈緒
私の故郷にはある言い伝えがある。
カラスの多い夜は特別な夜店が立つというものだ。子供のころ、一度だけ訪れたことがある。
やけにカラスが騒がしい夜だった。星の観察をしていたはずがいつの間にか縁日にいた。
客も店主もなく、ぼうっと明るい夜店が並ぶだけ。
表情の動くお面、雲のように浮かんでいる綿菓子、火の輪を使った輪投げ、耳や指が並んだ射的。
金魚すくいの店にだけ店主がいた。店主はカラスに見えたり黒衣の少女に見えたりと姿が定まらない。
「さあ、すくってごらん。お代はいらないよ。そういう店じゃないからね。この水槽は記憶の海と繋がっている。遠い遠い記憶の海。過去も未来も混ざり合う深く広い海」
金魚の方から寄ってきて、自らポイに乗った。金魚が人魚に変化していく。男だった。
男が私の名を呼ぶ。
とっさに私は逃げた。
「見事に未来の記憶をすくったね」
背後から聞こえる少女の笑い声は、次第にカラスの鳴き声に変わっていった。
私はやがて大人になり結婚したものの、なかなか子供を授からない。
夫は「そういうのは縁だから」とのんきで、私はイライラした。
ついにある晩、言い争いをして思わず家を飛び出した。
騒がしいカラスの声を聞きながら夜道を歩くうちに、あの縁日に辿り着いた。あのころとは全く別の土地なのに。
「いらっしゃい。また来たね」
金魚すくいの少女に声をかけられて気付く。
あの時すくった人魚は夫だった。どうして忘れていたんだろう。
口に出したわけでもないのに、少女は言う。
「ここはそういう夜店だからさ。離れれば忘れてしまう。だけどなくなるわけじゃない。深い深い記憶の海に潜るだけ。この水槽と繋がる遠い遠い記憶の海にね」
もう一度すくってみなよとポイを渡され、小さな人魚をすくった。
人魚は「ママ」と呼んでからちゃぷんと跳ねて私のお腹に吸い込まれていった。店主が言う。
「君のおなかの海に泳いでいったんだろう」
私は満たされた思いで夜店を後にした。
『第一回 ちくま800字文学賞』
佳作「縁合い」なぎさ奈緒さん
【塚田浩司審査員長より選評】
佳作受賞作「縁合い」は、最終候補作の中でもっとも描写力があるなと感じました。怪しげで幻想的な雰囲気が表現されています。800字という文字数に収めるのが勿体ないと感じるほど、奥行きのある物語だとも思いました。また、屋代南高校の生徒さんに描いていただいた挿絵も作品の世界観にマッチしていて素晴らしいです。
※佳作の2作品はケーブルネット千曲のニュース内で放送されます
※来月号から「おじょこな800字小説」が連載再開の予定です