ひなた短編文学賞 大賞受賞 わたしとシーグラス 相生たおず
年の離れた姉とともに、わたしは砂浜を歩いていた。昼下がりの海は穏やかで、春の陽射しを受けて、きらきらと眩しく光っている。
「懐かしいな、ここ。昔、よくおばあちゃんと散歩したや」
姉が靴を脱ぎ、ロングスカートの裾に水が跳ねるのも厭わず、波打ち際で足を濡らす。
「美海もおいでよ。冷たいけど、気持ち良いよ」
姉の言葉に、わたしは首を横に振った。
「制服が濡れたら大変だから」
この町を訪れたのは、親戚の葬儀のためだった。
急なことだったので、着替えをあまり持ってきていない。制服にはすでに、線香と潮の匂いが移ってしまっているだろうけれど。
海に目をやると、沖を滑るように走る船が見えた。
わたしは、この町の生まれではない。わたしが母のお腹にいるときに震災が起き、家族全員で遠く離れた土地へと引っ越したからだ。だから、見るものすべてを懐かしむ両親や姉と違い、わたしだけが、この町の思い出を持っていなかった。震災がなければ、自分も当たり前にここで育っていたのだ、と考えるたび、言い表せない、奇妙な気持ちになる。海の側で育ったわたしは、一体、どんなわたしになっていたのだろう。
「そういえばおじさん、今日は機嫌が良かったね。
これまで、会うたびに何かに怒ってたのに」
わたしが言うと、
「そうか、美海は知らないか。あの人、もともとすごく優しい人なんだよ」
と、姉が教えてくれた。
「あの日、大切なものを全部海に取られてから、何に対しても腹を立てるようになっちゃったの。でも、少しずつ、昔のおじさんに戻ってきた」
「そうなんだ」
ふと、砂の間に、石でも貝殻でもないものが見えた。しゃがんで摘まみ上げると、それは秋の空をちぎったみたいな、青色のシーグラスだった。
「あ、小さな幸せ」
わたしの手を覗き込んで、姉が言う。
「小さな幸せ?」
「おばあちゃんが、そう言ってたの。ガラスが砂に削られて、そんな風に丸くなるには、何十年もかかるんだって。それが、自分のところに巡ってきたのは、幸運なことだねって」
何十年。わたしが生きてきたよりもずっと長い年月が、尖っていたガラスの破片を、誰の手も傷つけない存在に生まれ変わらせたのだ。
「時間の力って、すごいね」
わたしは、シーグラスを空にかざす。空と、海と、ガラスの青は、それぞれ違う色だけれど、どれも綺麗だった。
「これ、持って帰っていいかな」
わたしと、この町を繋ぐ思い出に。
いつでも、この海を思い出せるように。
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東日本大震災・原発事故から復興する福島県双葉町を象徴する「生まれ変わる」というテーマの「ひなた短編文学賞」。第2回は新たに「小さな幸せ」というテーマが加えられ、多数の応募作品のなかから、相生たおずさんの「わたしとシーグラス」が大賞に選ばれた。受賞作品集は11月27日に東京で行われた「第53回ベストドレッサー賞」の会場で配布され、HPでも公開となった。
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『ひなた短編文学賞』
主催:フレックスジャパン株式会社・ひなた工房
後援:双葉町、千曲市、㈱信州ケーブルテレビジョン、
ちくま未来新聞、(一社)ちくま未来戦略研究機構ほか
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【審査委員長・塚田浩司さんのコメント】
大賞の「わたしとシーグラス」は、震災で変わってしまったおじさんとシーグラスを重ねているところが素晴らしかったです。前向きな読後感も大賞にふさわしいと思いましたし、作中にある通り、「時間の力」の凄さを感じました。満場一致の受賞です。
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※今月号の「おじょこな800字小説」はお休みです