歌壇 安曇於保奈選
【秀逸】
亡き母が住みし渋谷の谷の町姉の話に想像広げぬ
湯本孝一
作者の母はかつて渋谷の鶯谷町という谷地形の町に住んでおられたという。姉はその界隈を記憶しているようだが、作者にはない。その近くの大学を選んだのも母の面影を追ってのことだったか。年齢を重ねた作者の、母への追慕が、韻律も美しく素直に詠われている。
【佳作】
柿むきて軒下に干し空見れば柿の色した夕陽が沈む
甘利真澄
干し柿を軒に干している作者。その柿すだれの隙間から見える夕陽はまさに柿の色だった。両者がやわらかく同化する光景そのものが、韻律のように響き合う歌になった。
【入選】
近づきて彼方に去りしレモン彗星ゆくえ想像えば微かなる覇気 百合
砂利採取行き交うダンプ賑やかに千曲の水は静かに流る 替佐梅蔵
緞帳がスルスル上がり客席が見えし瞬間力が沸きぬ 宮坂岩子
良い出来と大根褒めれば三本も抱えて帰りおでんで一杯 中村邦久
半世紀隔てて集う同期会ほどよく老いて面影残る つきはら
スーパーの半値の肉ぞありがたし人目気にして行きつ戻りつ 小針俊明
人間が踏み込んだのだけもの道人の道すら守れぬものを 土朗
黒瀬珂瀾の歌集『ひかりの針がうたふ』(2021)から三首鑑賞したい。
今は未来、かもしれぬからことごとく塀の倒れし大通りゆく
水洗ひされたる家にしたたれる水に言葉は湿りゆくのみ
黒き袋積み上げられてもう土に戻れぬ土がひた眠りをり
【応募要領】
■官製はがきに三首まで(二重投稿は不可)■住所・氏名・電話番号を付記■締め切り毎月十日■宛先〒387‐0012千曲市桜堂521屋代西沢書店2階ちくま未来新聞歌壇係
