おじょこな800字小説第十三回
「一心同体」
作・塚田浩司
杏が咲く季節。久しぶりに森にある実家に帰った。
「ああ、裕貴。きてくれたんだね」
祖母は嬉しそうに僕を迎えてくれた。
孫としての僕の役目。それはとりとめのない祖母の話を聞くこと。新たな情報を得ない祖母の話す内容はいつだって思い出話。
「裕貴、杏の花は見て来たかい?」
「うん。来るとき見てきた」
「そうかい。杏の花は何度見てもいいもんだいな。杏も良いけど、杏の花の背景に見える大きくて真っ白な高妻山を眺めるのが好きだったねえ」
祖母は嬉しそうに僕に話した。
祖母は去年亡くなった祖父と、長年定食屋を営んでいた。戦後から平成にかけ、まさに夫婦二人三脚で切り盛りしていたと聞く。二人が開いたお店は地元では美味しいと評判で、僕も幼い頃はよく食事をしに行っていた。特に祖父の作る親子丼が好きで、僕が注文すると祖母が「親子丼一丁」と声を張り上げる。すると祖父が「あいよー」と元気よく返す。このやりとりも込みで好きだった。
お店を閉めてからだいぶ経つが、最近の祖母は当時を思い出し、「親子丼一丁」と夜中に叫んでいるらしい。
「じゃあ母さん。帰るよ」帰りがけ、母に声をかけた。
「もう帰るの? おばあちゃん喜んだ?」
「うん」そう答えてから僕は気になることを母に聞いた。
「あのさあ、ここから高妻山なんて見えないよねえ」
「なんのこと?」
「いやさあ、ばあちゃんが森の杏を見ながら高妻山を見たって言っていたから‥‥‥」
言葉にして胸が苦しくなる。
「ああ、それっておじいちゃんから聞いた話がごちゃ混ぜになったんだよ。おじいちゃんは戸隠の人だから高妻山の話をよくしていたんじゃないかな」
「そうなんだ」
「まあ、あれだけ何十年も一緒にいれば自分の事と同じように思っても不思議じゃないよ」
母の言葉は僕の胸にすとんと落ちた。そして脳裏に祖父と祖母が笑顔で働く姿が蘇った。死に別れて、祖父と祖母は二人三脚を超えて一心同体になったんだ。そう思うと、無性に二人の親子丼が食べたくなった。