「上山田温泉物語」第9回 戸倉上山田温泉の最盛期を迎えて

「上山田温泉物語」第9回 戸倉上山田温泉の最盛期を迎えて

 昭和32年。全国温泉コンクールで5位に入選し、全国的知名度を得るようになった後、大型観光バスも観光輸送のもう一つの主体となった。昭和49年(1974)頃戸倉上山田温泉の入り込み客はピークを迎える。

 定員60名サイズのバスを単位とした団体旅行を対象にした旅行会社とタイアップした団体受け入れの営業が主体となり、宴会場・バー・クラブ・売店等をそろえ、中にはプール・シアター・ボウリング施設を有する旅館も現れた。軽井沢のドライブインでの休憩に旅館職員がおしぼりを持ってお迎えし、車内でお土産のリストを配布、注文を取り、帰りのバスに土産を積み込む等の営業を行う宿もあった。

 宴会で踊りや接待を行う芸者衆も400名を数えた。宴会が終わり旅館街で2次会や夜食が可能な様々な飲食店も100軒を超えた。バー・クラブ・スナック他、種々の飲食店で和食・洋食・中華と何でも食べることができた。家族連れや個人に向けての対応は徐々に失われ、賑やかな温泉場に変貌していった。

 温泉内では観光客を相手に客引きが行われ、一部飲食店での過大請求が横行し、各旅館ではお客様から苦情を受けた。旅館営業マンが営業先の旅行会社から苦情を受けることもあった。バスの車内でガイドからまた添乗員から「宴会の後に旅館の外に出ないでください」と注意喚起されることもあった。

 観光協会ではパンフレットを作成し、旅館でも「安心な店」の案内などの対応をした。また「遊ing3000」という3000円前払いでクーポンを飲食店に持参し飲食の提供を受ける企画を作った。

(上段右)温泉コンクール ベストテン入選表彰盾

(同左)全国温泉ベストテン

(下段)プロが選んだ100温泉・平成6年