「始まりの木」~ちくまブックレビュー 

「始まりの木」
          夏川草介著 小学館刊

 著者の夏川草介さんといえば松本が舞台となっている「神様のカルテ」で有名です。嵐の櫻井翔さんが主演で映画化もされ話題にもなりましたし、2021年1月からはテレビドラマ化も予定されていますので、小説を読まれていなくてもご存知の方も多いでしょう。
 そんな夏川さんの新作は、民俗学をテーマとした新たなジヤンルヘの幕開けともいうべき小説で、書中では柳田国男の「遠野物語」を随所に引用し、自らも新世紀の遠野物語と謳っています。読んでいてまず惹かれるのは、情景描写の美しさです。


全5話で展開する日本各所を舞台に旅するお話は、訪れた事がある場所や住んだことがある人にとって懐かしさや親近感を持ちやすく、あたかもその場所にいるかのような錯覚さえ感じます。まさにこのコロナ禍において、お家にいながら日本を旅できるそんな気分にもさせてくれるのです。信州が舞台となる第3話では、主人公らが長野に降り立ち松本まで特急しなので移動するくだりの中で、 「姨捨駅を通過していた」と一文が入ります。本書における内容において民俗学の観点からは、この一文を入れていることには大きな意味があり、信州人としてもニヤリとする瞬間なのです。
 また装画の担当がいせひでこさんで、絵本「ルリユールおじさん」の挿絵で知られています。この幻想的なイメージ画も物語とピッタリとあてはまることで、物語の美しさをさらに醸し出していると感じています。一読にしかず。ぜひ読んで不思議な世界に浸ってください。
 価格1600円(+税)
 屋代西沢書店ほか県内書店で発売中。