おじょこな800字小説
第四十五回「稀代の飲兵衛」
遅れて通夜会場に入った僕は、勝彦おじさんの遺影の前で手を合わせた。遺影の勝彦おじさんは、顔を真っ赤にして笑っている。婚礼のときに撮影したものだろう。顔が赤いのは酒に酔っているからだ。勝彦おじさんは稀代の飲兵衛と呼ばれるほどの酒好きだったから間違いない。
おばさんに声をかけられて、通夜振る舞いに呼ばれた。みんな寿司やオードブルの前で大盛り上がり。まさに宴会場と化していた。勝彦おじさんだけではなく親戚一同酒好きなのだ。
席に着くと「なあなあ、悦郎おじさんの様子がおかしいんだよ」と従兄弟の修也から声を掛けられた。
僕は悦郎おじさんを見て絶句した。なぜならこの酒好きの中で、唯一の下戸である悦郎おじさんが、熱燗をぐびぐびと煽っていたからだ。しかも、スタッフに「俺は、舌が火傷するくらい熱いのがいいんだ」と熱燗の温度にケチをつけている。物静かで紳士の悦郎おじさんとは思えない。それに目つきもいつもと違う。
「勝彦おじさんの死がショックでおかしくなっちゃったのかねえ」
修也は苦笑いを浮かべた。
確かに勝彦おじさんと悦郎おじさんは親しい間柄だった。ショックを受けるのはわかる。でも下戸の人間があんなに美味そうに酒を飲むだろうか。
「ちょっとお父さん、今日はどうしたんですか。そんなに飲んで」
とうとう奥さんの玉枝おばさんから注意された。妻としても心配なのだろう。なにせビール一杯でも倒れるほどの人が大酒をしているのだから。しかし、悦郎おじさんは「いいんだよ。酒は命の源だ」と譲らない。
あれっ、今のセリフはどこかで聞いたことがある。あっ……
しばらくすると、悦郎おじさんがトイレに向かった。そこで僕は後を追い、トイレの前で悦郎おじさんを待ち伏せした。
「ねえ、おじさん。おじさんは本当に悦郎おじさんなの?」
トイレから出てきた悦郎おじさんに、僕は恐る恐る尋ねた。すると、悦郎おじさんは頭をポリポリかきながら答えた。
「バレちまったか。俺は勝彦だ。今は悦郎の体を借りてる」
やっぱり。僕の睨んだ通りだった。
「どうしてそんなことを?」
きっと勝彦おじさんはこの世に未練があるだろう。それでわざわざ体を借りているに違いない。未練とは一体何だろう。
僕が訊くと、勝彦おじさんは、僕の耳元に顔を近づけた。
「自分の通夜なのに酒が飲めないなんて悔しいだろ。通夜が終わったらちゃんとあの世に行くから安心しろ」
勝彦おじさんは真っ赤な顔で豪快に笑った。
著者紹介
塚田浩司/柏屋当主。屋代出身。