さらはにズム ちくま論説 26年3月

さらはにズム ちくま論説

 ▼「四季の一茶雪五尺」(共著・矢羽勝幸、J・ノルトン、森貘郎)が復刊された。『日本語と英語で味わう一茶の世界』と銘打つ待望の増補改訂版だ。来年は小林一茶没後二百年。奇しくも「月光」を作曲したベートーベンと同じ命日である。

▼一茶は姨捨の月見に五回ほど訪れたが、毎回雨降りで一度もお月さんに会えなかったそうだ。一茶の無念の句が残されている。「けふという今日名月の御側哉」「十五夜に姨捨山の雨見哉」「えいやっと来て姨捨の雨見哉」

▼千曲文芸協会(会長・森貘郎)は今年こそ一茶の句碑を俳諧のメッカ姨捨に建立しようと意気込んでいるという。「姨捨に一茶句碑をつくろう」の趣意書を添えて、協会よりちくま未来新聞読者の皆様のご支援をよろしくとのことです。

わが心なぐさめかねつ更科や 姨捨山に照る月をみて

 今から千年余の昔に編まれた「古今和歌集」に、「姨捨山の月」を詠んだ「詠み人知らず」の歌があり、その後に信濃の国の「月の名所、歌枕の地」として広く知られるようになりましたが、御当地の姨捨には歌碑がありません。「信濃では月と仏とおらが蕎麦」という句碑が昭和四十九年に姉妹都市となった宇和島市によって贈られて立っていますが、さすがに一茶の名は彫らず、「詠み人知らず」となっています。「そば時や月のしなのの善光寺」という一茶の文化九年の句を元にしたものと言われていますが、一茶句碑と勘違いしている人も多いと思います。一茶は少なくとも五回は姨捨の月見に訪れていて、多くの月の句を作っていますが、残念ながら芭蕉、蕪村と江戸時代の三大俳人とされる一茶の句碑は姨捨にはありません。一茶の句碑ひとつなくて、なにが「日本遺産姨捨」なのかと笑われかねません。折しも一茶の二百回忌を迎え、千曲市民をはじめ長野県や、さらに全国の俳句と文学を愛する皆さんの力で、「俳諧の聖地」「文学の里」姨捨にふさわしい一茶句碑をつくりたいと思います。ご協力くださるようお願いいたします。

千曲文芸協会