シナリオ作品「伝説のコメディアン、逝く」 

※今月号の「おじょこな800字小説」はお休みです今回は趣向を変えてシナリオ形式の作品でお楽しみください

シナリオ作品「伝説のコメディアン、逝く」

■シーン① セレモニーホール・会場

 大勢の参列者で席が埋まった葬祭場。ステージ上を埋める色鮮やかな菊の花。その中央に巨大な遺影がある。満面の笑顔でコミカルなポーズを決めている有栖川こうじ(72)が映っている。

 ステージ上では弔辞が読み上げられ、式が粛々と進行していく。客席からは時折笑い声も。

■シーン② セレモニーホール・ロビー

 ロビー脇の喫煙ブースのソファーに座る有栖川咲江(70)。その横に立っている有栖川南未(45)。煙草の煙をフーッと一息吐く咲江。

咲江「…全く何だって私がこんなしょうもない式に出なきゃいけないの」

 気だるそうな表情。それを見て困り顔の南未。

南未「まだお父さんのこと怒ってるの?(小声で)一応、おしどり夫婦で通ってるんだからさ。こんなとこレポーターに見られたら変に思われるわよ」

咲江「昔から泣かされてきたの知ってるでしょ。七十過ぎても女遊びを止めなかったのよ、あの人」

南未「いいじゃない。もう今日は…さあ、もう戻らないと」

 やれやれと言う風に立ち上がる咲江。

■シーン③ 再びセレモニーホール・会場

 座席に戻ってくる咲江と南未。

 ステージ袖に司会者が現れる。

司会「えー、心温まるお言葉、誠にありがとうございます。水之江都々逸師匠でした!」

 ステージの照明が徐々に暗くなっていく。

 会場、徐々に静かになる。

司会「……では、お待たせしました。本日は皆々様から数々の温かいお言葉を頂戴し、故人も感激していることでしょう。………そこで、どうしても御礼がしたいとのことで天国より…いや地獄かもしれませんが、この男が舞い戻って参りました!」

 キューサインを出す司会者。

司会「帰ってきた昭和の爆笑王。伝説のコメディアン!有栖川こうじです!」

 ピンスポットがステージ中央に集まる。祭壇の花の中から跳び出て来る有栖川。真っ白の死に装束に額には天冠が。満面の笑みでステージに立つ。 会場からは拍手の渦。客席を見渡す有栖川。

有栖川「どうも!いやぁー、素晴らしいお言葉の数々…心洗われる思いです。都々逸師匠、師匠の本葬の時にはボク、もっといいスピーチしますから今から楽しみにしといてくださいよ」

 会場から笑い声。

有栖川「さて……」

 姿勢を正し、頭を掻く。

有栖川「本日は私の我侭でこんな馬鹿馬鹿しい催しを開かせて頂き誠に感謝いたします。思えば五十年の芸能生活、正に山あり谷ありでした」

 俯き、ずっと無言のままの有栖川。

有栖川「ボクは今日、死にました。そして、あの世で色々と人生を振り返ってみたんです。そしたらどうしても言わなくちゃいけない事に気付いて…ただいま帰って来ました」

 客席に視線を移し、咲江を見つめる。

 視線を合わさない咲江。

有栖川「咲江ちゃん、苦しい時もよくボクを支えてくれてありがとう。色々迷惑かけてゴメン。君と一緒に人生を歩いてこれてボクは本当に幸せだった!これからもヨロシクね。愛してるよ!」

 有栖川、咲江にウインクしてVサイン。

 客席の視線が咲江に集まる。

南未「お母さん、ほら笑って(小声)」

 隣りの席の咲江に囁く。気難しい表情の咲江。

南未「お母さんってば!」

 ため息をつく咲江。

咲江「……何よ、こんな場所で臭いこと言っちゃって。人の気持ちを考えないのは死んでも治りそうもないわね」

 と有栖川を見て、引きつった笑顔で拍手する。

司会「それではこれにて『有栖川こうじ芸能生活五十周年記念・爆笑!生前葬』をお開きにさせて頂きます……皆様、この罰当たりな男にどうか今一度盛大な拍手を!」

 会場に響く拍手と歓声。ステージ上で祭壇の写真と同じ決めポーズを取る有栖川。