フォト&エッセイ 自転車のある風景
第二十回 オーストラリア横断自転車旅行⑧
自転車旅行と焚火
最近は空前のキャンプブームで、一人でキャンプをする“ソロキャンプ”なんて言葉も良く耳にするようになった。ショップにもさまざまなキャンプ道具が並んでいて、その豊富な品揃えにびっくりさせられる。特に焚火に関するものは多く、揺れる炎をずっと眺めていたいという、焚火に対する人々の憧れが強く感じられる。自分の自転車旅行も今風に言えばほぼ毎日がソロキャンプだったのだが、旅の間に焚火をしたことは一度もなかった。何日も燃え続けるオーストラリアの山火事のニュースは日本でも度々目にすることがある。そこからわかるように、乾燥した気候の土地でひとたび火が燃え広がってしまったら、人間の力ではもうどうにもならないことは現地では常識となっていたからだ。それでも焚火をしなければならない人のために、雨水を貯めるタンクなどといっしょに、安全に焚火をするためのファイヤープレースも道のところどころに設置されていた。とはいっても、そこにはコンクリートで囲まれた火床があるだけ。気の利いたところだと線路のレールを2本溶接した“ブレーカー“が設置されていて、木の枝を間にはさんでテコの原理で体重をかけると道具がなくてもまきを作る事が出来るのだが、肝心の木の枝は自分で集めなければならない。一日自転車を漕いだ後に木を探して歩く余裕はなく、実際に使ったことは一度もなかった。揺らめく炎を見ながら、南十字星の下でコーヒーカップを片手に今日の旅を思い返す。今思えばそんな贅沢な時間があっても良かったかもしれない。しかし火傷したコアラたちの悲惨な映像をテレビで見るたびに、あの時不用意に焚火をしなくて正解だったと思えるのだった。