川村驥山 揮毫の『招魂碑』
市内打沢にある「招魂碑」は昭和29年(1954)に、当時の埴科郡埴生町の住民の寄付を募り建立されたものである。
この碑がある場所は戦死者を祀る招魂社の敷地で、かつては祠もあったというが現在は残されていない。碑のすぐ近くには大正14年に建立された招魂社の石柱がある。「招魂碑」の文字は書家の川村驥山氏の手によるもの。裏には町内戦没者106柱の氏名が刻まれている。
埴生公民館が刊行していた「埴生公民時報」には碑の建立をめぐる住民の様々な意見が掲載されており、当時の世情を伺うことが出来る。
埴生遺族会の山本会長によると、現在この場所では追悼式は開かれていないが、地元住民によって草刈りなどの手入れがされているという。
有明山の登り口横にある「招魂碑」記録によると碑の高さは20尺(約6m)
「埴生公民時報」(昭和29年)