第三十三回 オーストラリア横断自転車旅行 夜間走行
街灯が多く夜でも明るい日本では、長距離サイクリングの際、交通量の少ない夜間に移動して距離を稼ぐことも多い。しかし、月や星の明かりしかないアウトバック(荒野)では、夜に自転車で走ったことは数える程しかなかった。夜に走る時はそうせざるを得ない理由があるものだが、ヤラタという町の手前、夜中の2時から走り始めたこの時がまさにそうだった。
前日の昼間のこと、その日は向かい風が強すぎて少しも前に進まなかった。普段は時速20㎞位で走っているので、5時間走れば一日の目標の100㎞を走ることが出来る。それが半分の時速10㎞でも、10時間だったら頑張れる気がする。しかし、強い風に行く手を阻まれ、サイクルコンピューターの表示が常に5㎞を下回っている状態がずっと続くとダメだった。
一人で風に向かって悪態をつき始め、しまいには不貞腐れて早々に走るのをやめてしまった。まだ日が高いうちに思い通りにならずにテントに入って寝てしまったのは、後にも先にもこの時だけだった。強風に文句をいいながらテントを設営し、テントに入れば今度はゴーゴーと唸るような風の音に”うるさい!”と怒鳴り散らしていたのだが、しまいには昼間の悪戦苦闘の疲れで眠ってしまった。
夜中にふと目が覚めると、あんなに騒がしかった風が嘘のように止み、テントの外は満天の星空だった。眠ったことで体も心もリフレッシュされ、昼間のささくれ立った気持ちがうそのように前向きになれた。時計を見ると午前2時だったが、前日の遅れをとり戻そうとすぐにテントをたたんで出発した。そして夜明け近く、前日の目的地のヤラタのロードハウスに到着して昨日の遅れをチャラにすることが出来た。
人生何もかもが思うように行かない時もあるが、そんな時は無理をせず、潮の流れが変わるのを待てばいい。この時学んだ事が無ければ、今の商売は続けられなかったかもしれない。