小学校時代の同級生の和也と二十年ぶりに会うことになった。SNSで名前を見かけた俺の方から声を掛けた。喫茶店で再会を果たしたのだが、会うなり和也は嬉しそうに「久しぶり」と俺に満面の笑みを浮かべた。昔と変わらない笑顔だった。
そこからしばらくは当時の思い出話に花を咲かせた。誰が誰を好きだったとか、飼っていたウサギを逃がしたのは誰だったかとか、どうでもいい話だった。その話に俺は「そうだったな」と相槌を打った。
「それで、DMにも書いたんだけど」と俺はとうとう本題を切り出した。
「ああ、投資の話だろう」
和也は上機嫌でコーヒーをすすった。
「まず、これを見てくれよ」
俺は資料を広げた。そこには、低リスクで大金が手に入ると、美味い話が書かれている。もちろんすべて嘘だ。キレイな写真やグラフでそれなりの資料に見えるが、そんな上手い話があるわけはない。
「SNSで見たけど和也には子供がいるだろう。これから進学やらなんやら金がかかる、だから今後のためにやっておいた方が良いと思うんだよ」
俺は和也がSNSに投稿していた家族旅行の写真を思い出しながら話した。俺からすると絵にかいたような幸せな家庭に見えた。
「そうだなあ。うん。わかった。契約するよ」
驚いた。こんな簡単に決まるとは思わなかった。
「あっ、ありがとう。でも、かならず儲かるから」
思わず声が上ずってしまった。
「うん。まあ、儲かるのもそうだけど、同級生のよしみだろ。お前の成績の足しになりたいんだよ」
和也は微笑んだ。どこまでお人好しなんだ。それにこんな怪しい話なのにまったく疑っていない。そういえば和也は昔からそうだった。
小学六年生のとき、クラスで給食費が盗まれる事件があった。そのとき、家が貧乏で素行不良だった俺が真っ先に疑われた。しかし、和也だけは「そんなことするような奴じゃない」と俺を庇ってくれた。実際に犯人は俺だったというのに。
契約書を出せば、和也は契約を結んでしまうだろう。そうすれば大きな損害が出る。俺の脳裏に和也が幼い息子を肩車している姿が浮かんだ。
俺は、震える手で契約書を鞄から取り出そうとした。しかし、
「あっ、ごめん、和也。契約書忘れてきた。契約はまた今度な」
俺は鞄の中の契約書をくしゃっと丸めた。
第二回「ひなた短編文学賞」
受賞作発表
「生まれ変わる」もしくは「ちいさな幸せ」をテーマにした1000字以内の小説のコンクール「第二回ひなた短編文学賞」の受賞作品が、10月30日に発表されました。
詳しくは公式サイトをご覧ください。