フォト&エッセイ 自転車のある風景 第二十五回 オーストラリア横断自転車旅行⑭マデュラパス(峠)

フォト&エッセイ 自転車のある風景

第二十五回 オーストラリア横断自転車旅行⑭

マデュラパス(峠)

 ずっと平担だと思って走っていたナラボー平原だったが、マデュラ峠に着いてみると、気が付かないくらいの微妙な傾斜でずっと登り続けていたことがわかった。日本で峠というと山の中の急な九十九折りが一般的なので、全然キツくないのに気が付いたら広大な景色が眼下に広がっていたマデュラは自分の中の峠の概念を覆すちょっとしたカルチャーショックだった。そんなマデュラだが、横から見ると“へ”の字のような形をしており、上りは長くてなだらかで、下りは短くて急傾斜。頂上で地球の丸さを目視出来る程のどこまでも広がる絶景を楽しんだ後は、真っ直ぐな下り坂を一気に駆け降りる。とはいっても荷物満載の自転車は、スピードが出すぎるとコントロールが出来なくなるのでブレーキでスピードを殺しながらだが、ペダルを漕がずにあんな長い距離を進んだのは旅全体を通してもこの時だけだった。

 下り終わってふもとにあるキャラバンパークでその晩は泊まったのだが、昼間マデュラ峠の手前でお昼を食べている時にちょっとした事件があった。鉱物資源の多いオーストラリアではダイナマイトを使った採掘作業が行われているのだが、自分が止まっていた場所の近くがその現場だったらしく、自分が通り過ぎるのを待って、一旦作業を中断してくれたらしいのだ。屈強な作業員達に囲まれて急いで昼飯を食べながら、そういえば遥か昔にもこんなことがあったことを思い出した。その時は家族でドライブ中に発破作業の予告看板の近くで車が故障してしまったため、このまま家族全員死んでしまうのではないかと大騒ぎになったのだ。その時の詳しいことは忘れてしまったが、今こうしている事を考えると何もなかったのだろう。マデュラでもその後ダイナマイトの音を聞いた記憶はない。ひょっとすると、ダウンヒルの爽快感と、耳をふさぐ風切り音で聞こえなかっただけかもしれない。

著者紹介 石黒靖彦/cafe自転車屋マスター。屋代出身。

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