essay 東京だより(第10回)
こんにちは、イギリス生まれのユーモア作家、P・G・ウッドハウスの翻訳をしております、森村たまきです。1月末から2月半ばまで15日間エジプトに行っておりました。今回は是非そのお話をいたしましょう。
この旅行は、仲よしのエジプト学者の村治笙子先生が喜寿を迎えられ、自分が案内できるのももう最後だろうから、とお誘いいただいたもの。交流の広い村治先生のおつながりで20名が日本全国から集まり、アスワンからカイロまで、砂漠とナイル川と遺跡と壁画と王墓まみれの道中となりました。
私は正直エジプトに元々それほど関心はなく、むしろミイラやツタンカーメンの呪いやサソリや毒ヘビにおびえ、恥ずかしながらこれまでの人生、東西の博物館ではエジプト展示の前を走って通り抜けるような無知蒙昧な輩であったことを告白せねばなりません。でも村治先生のご案内でエジプトに行ける機会なんて今回きりだろうし、えいやと思い切って参加したわけです。
村治先生はエジプトの壁画がご専門で、もちろんヒエログリフも読み解かれ、朝日カルチャーで長年講座をお持ちです。今回は先生とヒエログリフを読むエジプトマニアの生徒さんや、オリエント史研究家、また、昨年10月に本格オープンしたばかりの大エジプト博物館担当JICAの統括だった方などなど、ディープなエジプト関係者も参加され、にわかな私のアウェー感は募るばかりだったのですが、結論、エジプトはすごかったです。ミイラはほぼ見ることなく、ツタンカーメンの呪いは知識の力で克服し、毒ヘビもサソリも現れませんでした。
行ってみてわかったのですが、エジプトの遺跡を見るというのはすなわち壁画と遺跡に刻まれた絵と文字を見るということだったのです。最初に行ったアスワンのアブシンベル神殿でラムセス二世の遺した壁画を村治先生が解説されるのを前に、旅行前に付け焼刃で詰め込もうと本を読んでもどうしても頭に入ってこなかったエジプト解説や神話のあれこれは吹っ飛び、ありありと立ち上がり迫ってくる古代の人の、自分の記録を残したいという情熱に圧倒されたのでした。また美麗な壁画の施された様々な王墓、有力者の墓の内部は本来神様にのみ見せるはずの、自らの生前の功績と信仰の篤さを絵と文で訴えるもの。それを今わたしが見ていることの不思議に胸打たれながらがしがしと砂漠と岩の間を歩き回ったのでした。
(写真:デンデラのハトホル神殿で村治先生と)
著者紹介
森村たまき 翻訳家 内川出身
