ぶらり歴史旅 最終回 佐野の辺り (佐野にまつわる伝承) 善光寺道を語るとき西方に位置する佐野について説明しないと歴史を守り伝えた先祖に顔向けが出来ませんので伝承も含めて語ります。 西行法師は永
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ぶらり歴史旅 第九回 猿ヶ馬場峠入口の中原集落
ぶらり歴史旅 第九回 猿ヶ馬場峠入口の中原集落 旅人を守った山寺開眼寺 峠入口左の大きな杉の木と石段が開眼寺のシンボル。こじんまりとした本堂、何時でも入室可能な坐禅堂(更級槐安窟)、信濃の国第十三番
ぶらり歴史旅 第八回 猿ヶ馬場峠付近
ぶらり歴史旅 第八回 猿ヶ馬場峠付近 聖高原県立公園に指定されたのが昭和40年で、最近公園計画変更の動きがあります。時代と共に見直しが必要と思います。当時は聖湖まで屋代駅から定期バスが運行され市民の
第七回 ぶらり歴史旅 旅人を守った茶屋(その三)付近の説明 のぞきと大井茶屋跡
第七回 ぶらり歴史旅 旅人を守った茶屋(その三)付近の説明 のぞきと大井茶屋跡 中原部落より峠を目指して上り、茶屋跡群入口に開けた場所が現れます。この場所が「のぞき」であります。当時から旅人を見守っ
ぶらり歴史旅 第六回 旅人を守った茶屋(その二)記録・遺跡から
ぶらり歴史旅 第六回 旅人を守った茶屋(その二)記録・遺跡から 燧石茶屋(ひうちいしちゃや) “一八丁下りて燧石に茶屋あり、名月屋寅蔵という。座敷の床に大岩を作り込んで壁の代わりに用いたり、小石を以
ぶらり歴史旅 第五回 旅人を守った茶屋(その一) 猿ヶ馬場峠の茶屋
ぶらり歴史旅 第五回 旅人を守った茶屋(その一) 猿ヶ馬場峠の茶屋 善光寺道で一番険しい猿ヶ馬場(さるがばんば)峠を往来する旅人の安全を確保するために松代藩は峠の開けた場所に三千坪の土地を三軒の農
ぶらり歴史旅 第四回 峠の入口くつうち場
ぶらり歴史旅 第四回 峠の入口くつうち場 中原の集落は善光寺道(注1)の中程に位置し、善光寺平から急な山手にさしかかる猿ヶ馬場峠麓の集落、人や荷物を運ぶ中馬が住む「中馬の里」として栄えたところであり
ぶらり歴史旅 第三回 遠くとも一度は詣れ善光寺 地域が守る彌七の墓
ぶらり歴史旅 第三回 遠くとも一度は詣れ善光寺 地域が守る彌七の墓 世界遺産で有名な石見銀山に程近い熊見村で生れ育った彌七は仲良しで三つ年下の権六と二人村人の見送りを受けて文政十一年(1828)秋
ぶらり歴史旅 第二回 栄性学僧 その二
ぶらり歴史旅 第二回 栄性学僧 その二 各種の功績と故郷との結びつき 親子の絆(路傍の碑から見える関係) 権僧正は勅任官であることから御所清涼殿への昇殿、江戸城への登城も許された。権僧正は僧