フォト&エッセイ 自転車のある風景 第三十五回 オーストラリア横断自転車旅行  Master of life 人生の達人

フォト&エッセイ 自転車のある風景 第三十五回 オーストラリア横断自転車旅行  Master of life 人生の達人

 昔読んだ漫画の中に、”目がいいと人生が楽しくなる”というセリフがあった。そして、そんな人は人生の達人になれると続くそのシーンは、その漫画の中でも特に好きな場面の一つだった。”目がいい”というのは、単純に視力が良いということではなく、注意力や感受性、そして心の余裕まで含まれていて、それが無い時は視野が狭くなり、同じ風景を見ていながら見えている物に気づけない。だから感受性が豊かで心に余裕がないと人生は楽しくならない。その言葉の意味を、自分なりにそんな風に理解していた。そしてそれを裏付けるような出来事が、オーストラリア横断中に何度かあった。途中で出会った日本人ライダーは、ナラボーは何もいないし、景色が変わらなくて退屈だと言ったが、自分にはブッシュの陰で昼寝をしているカンガルー、地平線近くを移動するラクダの群れ、互いのお尻を咥えて、長い紐のようになって道路を横断する毛虫等、色々なものが見えて、退屈だと感じたことは全然無かった。東西を横断するインディアンパシフィック鉄道に乗車した人も、ずっと同じ景色で、食事しか楽しみがなかったと言っていたので、視力や感受性というよりは、移動速度の問題なのかもしれない。速すぎて見えないものも、自転車の速度なら気付くことが出来る。そう考えると、自転車は人生をより楽しくする道具と言えるのかもしれない。何の因果か、現在仕事上ではお客さまから”マスター(達人)”と呼ばれているが、単なる役職なので、実際は達人からは程遠い。ただ、旅をする中で、人よりいろいろなものを見てきた自負はあるので、その経験のおかげで今こうして文章が書けているのは有難いことだと思う。今月でこの連載は終了するが、オーストラリアの旅の話はまだまだ道半ばだ。機会があれば、この旅の続きをまた書ければと思う。そして本当の人生の達人になるのを目標に、これからも自転車を漕ぎながら、たくさんの物や事に気付いて行きたい。足掛け4年の連載だったが、執筆の機会を与えてくれたちくま未来新聞編集部及び、毎月楽しみにしていた読者の皆様には、本当に感謝の念に堪えない。深くその意を表し、最後の言葉にしたい。ありがとうございました!