北国街道 歴史こぼれ話(第8回)北国街道最大の難所(横吹道)
上田宿と鼠宿を分かつ「岩鼻の険」とともに急峻な山肌が迫る難所中の難所が「横吹道(横吹八丁)」である。山裾を千曲川が流れていたため、坂木宿~戸倉宿間は崖の中腹の岩だらけの切り通しを歩かねばならなかった。大宮から苅屋原榎並木までの区間はその名の示す通り、強い風の吹きすさぶ危険な場所だったという。中世までは極めて細い山道だったが、慶長16年(1611)に道幅が広げられた。それでも参勤交代の際に輿のまま通行するのは不可能で、加賀百万石の大藩・前田家の殿様であっても徒歩で通っていた。加賀藩では横吹道を通過すると、国許に無事を知らせる飛脚を走らせたという逸話が伝わっている。
明治9年8月から崖下の千曲川沿いに新たな道を切り拓く工事が始まり、地元住民も協力して石運びを行った。工事は洪水等の困難に見舞われたが翌10年1月に完成。前述した明治天皇行幸の際にも使われた。新道開通により通る人の無くなった山中の古道は廃れ、登り道など一部のみが姿を留めている。(続く)
横吹道(横吹八丁)跡


