おじょこな800字小説 第二十回「満月に祈る」 作・塚田浩司

おじょこな800字小説 第二十回

「満月に祈る」

作:塚田浩司

 「うまい話がある。バッグをただ言われた通りの場所に運ぶだけだ」

 中学時代の同級生、高畑からそう持ち掛けられた時、すでに嫌な予感がしていた。高畑は学生時代から評判が悪く、今は良からぬ組織に身を置いていると噂が広まっていた。関わってはいけない。何とか断ろうとすると高畑は言った。

「奥さんも子供もいるんだろ? だったらいい話だと思うぞ。報酬もはずむ」

報酬は驚くほどの金額だった。その金額に目が眩み、僕は渋々了承した。

 子供が生まれてすぐに勤めていた会社が倒産した。その後の就活もうまくいかない。今は生活のために、なりふり構わず金を稼がなければならない。僕は自分にそう言い聞かせた。

 しかし、それでも不安が募った僕は、バッグの中身を聞いた。すると高畑は突然不機嫌になり、「お前はただ運べばいいんだ」と凄んだ。

 僕は今、高畑から渡されたバッグを助手席に乗せ、車で運んでいる。明るいうちに出発したが、すでに外は暗くなっていて、ふと空を見ると、見事な満月が浮かんでいた。満月を見ると反射的に死んだじいちゃんのことを思い出す。

《心響》切絵師 由香利
《心響》切絵師 由香利

 空に満月が浮かぶと、じいちゃんはかならず縁側で手を合わせ、願い事をしていた。

「タカシ、普段の行いが良ければお月さんがきっと願いを叶えてくれるんだ」

 じいちゃんは幼い僕にそう教えてくれた。それ以来、僕は言われた通り、満月を見るとお願い事をするようになった。ゲームが欲しいとかテストでいい点数が取れますようにとか不純な願いだったけど、穏やかな時間だった。

 信号待ちの間、車の中から満月を眺めた。あの時と同じで、まん丸くて美しく輝く満月。あとから聞いたけど、じいちゃんは満月にいつも僕の幸せを願っていたらしい。

 じいちゃんの皺くちゃな笑顔を思い浮かべながら信号が青になったのでアクセルを踏んだ。

 今の僕には満月にお願い事をする資格がない。満月から逃げるように、僕は無心でひたすら車を走らせた。それでも満月はどこまでも僕を追いかけてくる。