おじょこな800字小説 作・塚田浩司  第三十三回「富豪と結婚」

おじょこな800字小説 作・塚田浩司  第三十三回「富豪と結婚」

 彼は齢九十を超えていたが、金、地位、女。欲しいものは全て手に入れることで有名な大富豪。その彼が今欲しいのは私だと言う。

「幸せにする。結婚しよう」

 彼は私に言い寄った。顔色が悪くシワシワな顔は、見ているだけで不快だった。私は面食いなのだ。

 でも、私はプロポーズを受け入れた。何故か? それはもちろん遺産目当てだ。彼の子供たちからは散々、金目当てだと非難された。周りは皆敵だし、彼の醜い顔を見るのも嫌だったが数年我慢すればいいだけだ。私は自分に言い聞かせた。

 私たちの夫婦生活が始まった。彼はメイドを雇うのを嫌ったので、家事全般を私が担った。どうして大富豪と結婚したのにこんなことを。私は不満だった。それでもあと数年の我慢だ。もしかしたら数日かもしれない。そう思って耐え続けた。

 彼はというと体調が悪く寝たきりだったが頭は冴えていて、私にいろんな話をした。

 貧しい家で育ち、必死に努力して会社を立ち上げた。紆余曲折ありながらも会社は急成長し、誰もが知る大富豪になった。

「私には夢がある。もう欲しいものは全て手に入れた。だから今度は恵まれない子たちを救ってやりたい。だからまだ死ねない」

 夢を語る彼の目は輝いていた。一緒にいてわかったのは、彼は子供のように純粋で優しい人だった。欲しいものを何でも手に入れることで有名だったから、強欲な人を想像していたけど、全くそんなことはなかった。むしろ富を得たのも彼の人間力なのではないか。私は日々の中で段々と彼を理解し、そして惹かれていった。

 しかし、私の彼に対する愛が強くなるにつれ、彼の体調は日増しに悪くなっていった。

 そして彼は深刻な顔で私を呼んだ。

「すまんな。これでサヨナラだ。今までありがとう」

 彼は咳き込みながら言った。どうやら自分の死を悟ったらしい。

「そんなこと言わないで」

 私は泣きながら彼の手を握った。すると彼はその手を振り払った。

「悪いな。他に好きな人ができたんだ」