新光電気工業 親会社の富士通 売却検討 千曲市雨宮の新工場は予定通り稼働 半導体産業の争奪戦

新光電気工業 親会社の富士通 売却検討 千曲市雨宮の新工場は予定通り稼働 半導体産業の争奪戦

半導体は「産業のコメ」といわれているが、現在は安全保障上、政府主導の「戦略物資」となってきた。民生用としてはパソコンやスマートフォンをはじめ自動車、家電製品などに幅広く使われており、経済社会活動の基盤として半導体の重要性は高まるばかりとなっている。

 1980年代半ばには、世界の半導体市場を席巻していた日本メーカーだったが、現在は上位10位に一社も入っていない。ここでの半導体とは、ロジック半導体、メモリー半導体のこと。パソコンの心臓部であるCPU(セントラルプロセッシングユニット=中央演算処理装置)のトップメーカーの米インテル、スマホやデジタル家電、パソコンの一部記憶用メモリーに使われているDRAМであるメモリー半導体の製造最大手・韓国のサムスン電子、こうした半導体の受託生産会社?ファウンドリー?の台湾TSМCは受託生産のシェア五割を超える。この三社が世界ビッグスリーだ。

 インテル、サムスンともに売り上げは10兆円規模、三社とも純利益は2兆数千億円を近年計上している。こうした半導体メーカーはじめ関連業界を、日本政府の傘下にしようとしている動きが加速化している。

 千曲市雨宮に造成中の工業団地に着々と姿を現しているのは新光電気工業(長野市)の新工場だ。2024年度下期に稼働すると発表した。世界的な半導体需要が高まる中で、自社製品である高性能半導体向け「フリップチップタイプパッケージ」の生産拡大を図っている。新光電気は先端半導体向けの次世代型半導体パッケージの量産に向け、千曲市で整備中の工場の敷地内に、別の新棟を建設するとの方針を明らかにした。29年7月の稼働開始を計画しており、約533億円を投資する。デジタル化の進展で拡大する先端半導体市場の需要の取り込みを目指す。経済産業省は経済安全保障推進法に基づき、この設備投資計画に最大約178億円を補助すると発表した。新光電気は今後の半導体需要について第5世代(5G)移動通信システムや人工知能(AI)の普及によって、中長期的に大きく伸びると見込む。これまで千曲市の新工場建設や本社工場(長野市)などの増産に向けて、1400億円を投じる計画を発表している。

 こうした中、親会社である富士通は、新光電気工業の株式の売却に向けて動いている。

◆富士通の思惑

 富士通はハードからソフトウエアに事業の軸足を移す中で、非中核事業の売却を進めている。富士通が50・03%を持つ新光電気株式もその一環だ。富士通が子会社の半導体パッケージの有力メーカーの新光電気株の売却を目指して実施した1次入札の結果、米系投資ファンドのKKR、ベイン・キャピタル、アポロ・グローバル・マネジメント、政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)の4陣営が買い手候補として残っている。

 関係者らによると、JICは複数の事業会社とコンソーシアムを組む方向で調整しており、交渉相手には大日本印刷、三井化学が含まれる。9月中旬にも2次入札が実施される見込みで買収候補はさらに絞られる見通し。

 富士通の磯部武司最高財務責任者(CFO)は7月27日の決算会見で、非中核事業に位置付けた上場子会社の売却時期について「それほど遠くない未来に進める」と述べていた。今後の交渉によっては、株式を当面保有するという選択の可能性もあるという。

 今回の取引では、富士通が保有する50%の株式全てを売却する選択肢のほか、買い手が株式公開買い付け(TOB)によって発行済み株式全てを取得し、新光電気を非上場化する可能性もある。新光電気の時価総額は約7700億円。

 半導体パッケージを製造する新光電気工業は売上高の約9割を海外が占める。今年に入って株価は46%上昇し、現在も時価総額は拡大している。

 富士通の広報担当者は「具体的な段階について決まっていることはない。よくなる形で検討をしている」とコメントした。新光電気工業のコメントは取材中だが、現段階では回答は得られていない。

 ブルームバーグや東洋経済などの報道によると、富士通は新光電気株をすべて売却する方向で、すでに財務アドバイザーを指名した。しかし、新光電気は半導体の材料や半導体製造装置向けの製品を手掛けるため、経済安全保障の観点から売り手と買い手とも慎重に検討を進めているという。交渉は初期段階で富士通が株式を当面保有し続ける可能性もある。富士通は全保有株を売却する選択肢のほか、株式公開買い付け(TOB)による発行済み株式全ての取得を含めた提案を受け付ける方向で調整しているという。

 富士通の時田隆仁社長は一部のメディアに対して、新光電気の売却について、経済安全保障を巡る議論が活発になっていることも影響し、政府を含めた関係者との「コミュニケーションの密度が上がった」と説明して、経済合理性だけではなく、経済安保の観点からもより深い議論が必要になったとの認識を示した。

◆政府の思惑

 日本政府は米国やオランダと連携し、半導体の輸出規制を強化している。経済産業省は5月23日、高性能な半導体製造装置の輸出規制強化に向けて省令を改正し、7月23日に施行する計画を発表した。新光電気は、米エヌビディアなどが欲しがる3次元などの先端パッケージ技術を開発しており、名前が挙がる米投資ファンドに売却されれば技術流出を招きかねない。

 このため日本政府は政府系ファンドと日本企業との連携で、半導体関連事業は政府の補助金の投入とともに、政府の強力な傘下に収めようとしている。

(ちくま未来新聞特任記者・中澤幸彦)

新光電気工業

長野県長野市に本社を置く富士通株式会社の連結子会社で、半導体用リードフレームやフリップチップタイプパッケージなどの設計・製造・販売を手掛ける会社。大手マイクロプロセッサメーカー インテルへのサプライヤーとしても知られている。

新光電気工業の建設中の新工場=千曲市雨宮、2023.9.20撮影