自転車のある風景 第6回 returns(リターンズ) 最悪の一日

returns(リターンズ) フォト&エッセイ 著者紹介 石黒靖彦 cafe自転車屋   マスター 屋代出身

第6回 最悪の一日

 オーストラリア6300kmを旅した中で、自転車を漕ぎながら大声で悪態をついたのは後にも先にもこの時だけだった。怒鳴った相手はナラボー平原の強烈な向かい風。

 その日は強風の中で悪戦苦闘して寝袋やテントを畳み、朝一から踏んだり蹴ったりのスタートだった。この強風もそのうち止むだろうと信じてペダルを踏み続けたがいっこうに止まず、メーターの速度画面はずっと一桁のまま。旅を始めるときに決めていた一日の走行距離の目標は100km以上。普段は時速20kmくらいで走るので、5時間も走れば目標に達して残りは貯金を稼ぐために暗くなるまで走ることが多かった。だがこの日は風が強過ぎてペダルが踏めず、変速機は山を登る時に使う最も軽いギアに入れたままだったのでいくら漕いでも全然前に進まなかった。歩くのと同じくらいの時速5kmでのろのろと進む。速度は遅いが疲労の蓄積は普段の倍以上だった。風との格闘が続くにつれ、最初は心の中だけだった風への不満がついには口を突いて外へと溢れ出して来た。

 初めは小声だったがどんどん声は大きくなり終いには大声で風に向かって文句を叫んでいた。ナラボー平原の真ん中で1人きりで強風と闘い、今にも負けそうな自分を鼓舞したかったのかもしれない。だが奮闘も虚しく、結局その日は明るいうちに走るのを諦めて再び悪戦苦闘しながらテントを張って早々に寝てしまった。

夜中の2時、ふと目を覚ますとテントの外が静かになっている。顔を出して外を覗くとそこには満天の星空が広がっていた。急いで荷物を撤収して走り出し、朝までには前日の遅れを取り戻すことが出来た。自転車を漕ぎながら朝を迎えたのは長い旅の間でこの時だけだった。

最悪の一日だったが、自分の力じゃどうしようもない時は一旦止まって潮目を待つことも大事だと学んだ貴重な一日だった。

【不明】