おじょこな800字小説 第五十二回 「花見」
「二人だけのお花見も静かでいいものね」
桜を見上げながら妻がほほ笑んだ。
「そうだな」と答えたが、ほとんど上の空だった。
桜のシーズンになると、息子家族と一緒に花見をするのが恒例だった。桜の木の下にビニールシートを敷いて酒盛りをする。小さな孫たちも大はしゃぎで、そんな様子を見ながら飲む酒は格別だった。
しかし、「今年は予定があって参加できない」と先日息子の妻から連絡があった。予定があるのなら仕方がない。しかし、本当に予定があったのか、私の胸の中には疑念が生じていた。
今年の一月上旬のことだった。私は世に言う「オレオレ詐欺」の被害に遭ってしまった。
「会社の金を使い込んでしまったから助けてくれ」
突然、息子を名乗る男からそんな電話があり、慌てた私は、当時たまたま留守にしていた妻に相談せずに、言われるがまま大金を振り込んでしまった。
そのことが発覚すると、息子はわざわざ隣町から我が家にやってきた。まさかの失態に恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
「俺が横領なんてするわけないだろ」
息子は激しい口調で私を責めたててきた。息子とはなんでも言い合える関係だったからこそ、歯止めが効かない様子だった。そこで私も黙っていれば良かった。しかし、
「遺産が減って残念だったな」
つい私もムキになって言い返してしまった。思えばこの発言が良くなかった。そこから息子とは険悪になってしまったのだ。

もう私とは顔を合わせたくないのかもしれない。そうだとしたら妻にも申し訳ない。妻は毎年の花見を何よりも楽しみにしていたから。
そうは言っても、せっかくの桜の前で気落ちしていてもしょうがない。私は売店で買ったビールを口に含んだ。好きなビールなのにまったく美味しく感じない。それどころか去年の楽しかった花見を思い出し、余計に気持ちが塞いだ。思わずため息をつきそうになる。しかし寸前で私はため息を飲み込んだ。私が落ち込んだところを見せれば妻も辛いはず。
私は自分をごまかすためにビールを勢いよく喉に流し込んだ。すると、隣から妻の小さなため息が聞こえてきた。
著者紹介 塚田浩司/柏屋当主。屋代出身。
